ありがとう

居酒屋にて

 昨日、上司に話があると言われ、定時よりも早く会社から連れ出されました。都内某所の居酒屋で席に着くと上司が突然「お前最近たるんでないか?」と言い出しました。理由は先日僕が会社に遅刻したことなんですが、職業柄定時はあって無いようなものだし、上司自体毎日会社に午後になってやって来ては夕方には帰る実働4時間の繰り返しだったので、一回だけ寝坊で20分程遅刻したことをくどくどで怒られていることを腹が立つよりも不思議に感じました。よくよく話を聞いているとどうやら上司はその日まともに会社に来ていなかったことを専務にかなりきつく言われたようで、その際僕がいつもひとりで遅くまで残って仕事をしていることを専務に引き合いに出されたことが気に入らなかったようでした。まあ実際僕は遅くまで残っていてもこの日記を書いているだけのことがほとんどなので、専務は完璧に僕に騙されちゃってるわけなんですが、とにかく専務に逆らえない上司は僕に矛先を向けてきたわけです。そういうのに気付いてしまうととたんにげんなりしてくるんですが、適当に「はあ。」「そうです。」「その通りです。」「いや、全然○○(上司の名前)さんの言っていることは間違ってないです。」なんつって適当におだてておくとだんだん機嫌が良くなってきて、突然「コレ呼んでいいか?」なんて小指を立てやがりました。またか。俺は独身ということになってるからよろしくな、なんて言われながらしばらく待っていると、やってきたのは世の中の人間を「美」か「醜」かで分けると「太」になる素敵な女性。とたんにいちゃつき始める中年カップルを前にして酒だけが進みます。上司に「カワイイだろう。」なんて言われたって「(動物園のバクみたいで)かわいいですね。」としか言いようがありません。そんでしばらく黙っているとそのバクが無駄に気を回して「大熊君は彼女とかいないの?」なんて聞きやがります。
「いません。」
「なんでー!? どのくらいいないの??」
「(なんでってなんだよ。)はあ。もう4年ぐらいになります。」
「えええええ。それってちょっと、なんか、大熊君真面目すぎるんじゃなーい。なんか理由でもあるのぉ??」

自分語り

 僕はこの二十余年の人生で何人かの女性と付き合ってきましたが、本気で惚れたのは二人だけです。そしてその二人とも付き合ってはいません。一人に関しては思春期の熱病にうなされた思い出を妄想を元に以前書きましたが*1、もう一人は僕の人生を丸ごと変えてしまった方です。彼女は高校3年生の時いつもつるんでいた友人が連れてきました。かなり綺麗な女性で同い年とは思えないくらい落ち着いた雰囲気を持った人でした。高校に進学し周りがどんどんアレを経験をしていく中、焦る余り地元で有名だったヤリマン相手に公衆便所で童貞を便器に投げ込んでしまった僕は、そのまま「ヤッた人数がステイタス」の数取り合戦に参戦していきました。そこにあるのは感情はおろか快感も伴わない性器の挿入。ビックリマンシールを集めるかのようなセックス。ヤる為には犯罪以外はなんでもしました。まあ結局はできないことがほとんどだったんですが。彼女とはそんな時に出会いました。第一印象は「お、キラ*2だ。」それでキラ獲得の為必死に話しかけました。道化の振りして笑わせて隙を作らせるのが当時の僕の常套手段で、まあ恥ずかしすぎて流石に書けないんですが、今思うと良くこんなこと考えたなって小話を相手に浴びせていきました。この場合半分の人は笑い、半分の人は道化を蔑みます。その反応を見てその後の行動を考えていたのですが、彼女の反応は全く異質のものでした。笑っているのは笑っているのですが、なんというか、心から笑っていないというか、かといって嘲笑とかそういうのでは全く無く、何より目が、全てを見透かしているように僕を見ているのでした。僕は次の手に困り悩んだ挙句、彼女のことを聞くことにしました。恥ずかしながらいつも自分から自分主体の話をしていた僕には、相手のことを聞こうとしている自分がとても新鮮で、思えばあれが「他者」というものを意識した初めての機会だったのかもしれません。
 彼女はとても頭がよく、ものをよく知っていました。彼女は本を読むのが好きで特にカミュが好きだといいました。「異邦人」くらいは僕も読んだことがあったのでなんとかそれで話を合わせようとすると、彼女から出てくる異邦人の解釈が僕の解釈である「アホな大人のお話」の何十倍も深いように感じ、そんな話しかできない自分を恥ずかしく思いました。彼女は別に偉ぶるでもなく、知識をひけらかすでもなく、誰にとってもとてもわかりやすい言葉で話してくれました。帰り際、僕は必死になって彼女に付き合っている人はいるかを聞きました。彼女はちょっと困った顔をして、今はいない、今は必要としていない、と答えました。僕が彼女に会ったのはそれっきりです。
 僕はもうその子に惚れていました。そして今の自分を考えました。僕は彼女に見合う男か。高校に進学してからの自分を振り返ると恥ずかしくて情けなくて死にそうになることばかりです。それ以来、僕の考えは変わりました。友人の誘いを断りひたすら本を読みました。そしてひたすら音楽を聴きました。ひたすら考えました。自分のことから果ては宇宙のことまで。持っていたPHSを解約し毎日学校と家の行き返りを繰り返しひたすら考え続けました。日に日に彼女の存在は僕の中で肥大化していき、彼女はこの場合はどう考えるか、この場合はどうするのか、妄想が膨らみ、それが僕の思考の核となりました。今考えると1度会ったっきりの人間の本質なんて見えるわけがありません。つまりその時その核となっていたのは、彼女ではなく僕の頭で作り上げた理想の自分です。そんなことに当時の僕が気付くわけもなく突っ走り続け、段々外見に興味が無くなりボサボサの髪と汚く生えた無精髭のまま仙人のような生活を続け、いつの間にか大学2年生になっていました。それから徐々に新しい友人ができ始め社会性を取り戻していくのですが、その時から今に至るまで僕の周りにいる友人は見事にきちがった素敵な人達ばかりです。彼らのような人達ばかりが僕の周りにいることはひとえにその2年間の妄想のおかげであります。それとその後何度か付き合った人はいましたが、とりあえず彼女のいないこの四年間はそれなりに楽しく過ごせています。当時彼女がどういう理由で「今は必要としていない。」と言ったのかわかりませんが、僕も今、必要としていません。そしてあの2年間追い続けた彼女がたとえ自分の作り上げた偶像だとしても、やはりそのきっかけを作ってくれた彼女本人に対する思いは、恋愛感情ではないものの、やはり特別なのものがあります。いつかどこかで彼女に再会できることを、そして今の自分を見て欲しいと願い続けているような気がします。

居酒屋に戻る〜奇跡

 そんな話をこの糞中年不倫カップルに聞かせてやる義理はありません。適当になんででしょーねーなんて言って話をはぐらかしました。しばらくほおっておくと段々調子に乗っていちゃつき始める中年カップルは、今にもその場でセックスを始めそうだったのでげんなりして先に席を立ちました。彼らはあの日憎んだ自分に見えます。今は彼らを憎むよりも彼らに興味が持てません。
 気がつくともう終電になっていて、乗換駅で慌てて走って行くと接続の関係で電車の到着が遅れていました。電車の到着時刻はとうに過ぎていたのでいつ来るかわからない状態だったのですが、突然もよおしてきてしまいました。どうしよう。終電なので電車に乗ると30分は降りることができません。人が少なかったのと泥酔していたこともあって、その場で後ろの壁に向かって立ちションする暴挙に出ました。これがまたすんごく気持ちがいい。出し切ってほっと一息つき、ちょっと我に返ってしずくを払いながら周りの様子をうかがいました。すると左手から女性が歩いてきます。やっべー、わーしかも結構美人っぽいなぁ、ぶるぶる。早くしまわなきゃ。ん? 突然じわじわと頭の中で何かが甦りだし、何だこの感覚はとぶるぶるしながらもう一度振り向くと、そこにいたのはなんとあの彼女でした。化粧のせいかちょっと大人びた顔つきに変わっていましたが、忘れもしないあの顔は間違いなく彼女でした。僕はおちんちんを掴んだまま呆然と彼女を見つめていると、彼女は僕と一瞬あった目をすぐさま逸らし、そのまま僕の後ろを通り過ぎていきました。僕は彼女と目が合ったその方向を、通り過ぎて行った彼女の向こうの隣のホームの更にずっと向こうを、おちんちんを握り締めながら見つめ続けていました。
「ありがとう。今の自分は、こんな感じです。」

*1:http://d.hatena.ne.jp/die_kuma/20050120#p1

*2:ビックリマンシールの中でキラキラしてるなかなかでない貴重なやつ