しなもん、僕なりのさよなら

しなもん日記は複垢ちゃうんか?」
という話を書いても初期はてなユーザーにしか通じないネタですが、当時はてなは規約で一人一アカウントしか持つことができず、しなもんが一人称で語るという体で始まった「しなもん日記」近藤社長夫人のれいこんが書いているのが明らかで、質の悪いはてなユーザー(僕とかレイソさんとか)嫌味を言われたものでした。はてな複垢制が導入されたのはこの事実を隠蔽するため、なんて話がまことしやかに囁かれたことで、会長の寿命を縮めたのではないかと胸を痛めます。
僕ははてなにとっていいユーザーではありませんでした。最近は全く何も書いてないし。僕が今関わってるウェブサービスは、オープン当初はてなから書き手を搾取してるとか言われたし(そんなことはない)。で、そんな悪いユーザーの僕が最初にしなもんと(広義の意味で)遊んだのはこちらの画像です。当時、はてなに「ポイント送信」というシステムが導入されたばかりのことでした。

ここまで、ダイアリーを移行しようと思って、ものすごく久しぶりにはてなを開いたら、下書きにこんな文章が残ってた。でもはてなダイアリーもなくなるし、最後にしなもんにお別れしとこうと思います。
ありがとうしなもん。さよならが遅くなってごめんね。

テストに使っています

君は女湯を見たか

 あなたは女湯を信じますか?

 怪談のとき枕につく言葉に、「友達の友達が」「先輩が」「テレビで○○が言ってたんだけど」などなどありますが、大概が出所の不明瞭な伝聞です。では、女湯を見たことがある人の話を聞いたことがありますか? よく修学旅行の武勇伝として語られることのある覗きですが、やはりこれも話として聞いたことがあっても、今これを読んでいる人の中に覗いたことがあるという人はいらっしゃらないのではないでしょうか? 温泉盗撮モノのアダルトビデオを見たことがあるという人がいらっしゃるかもしれません。しかしそれも行ってみればテレビの心霊番組のようなもの。画面を通してしか見ることのできないフィクションの世界のように思えます。それでは女湯はこの世に存在しないのでしょうか。いや、実は僕、見てしまったんです、女湯を!

 あれは数年前、近所のスーパー銭湯にサウナに入りに行ったときのこと。いつも僕は体を洗ってサウナに入り大体12分から15分汗を流し、水風呂に入って体を冷やし5分ほど休憩、そしてまたサウナを3.4回繰り返します。こうすることによって血管の拡張と収縮を繰り返し血液の流れをよくしたり新陳代謝を高めたりできるのです。その日もいつもと同じように1セット目を終え水風呂の横で体を拭いていました。通気口になっている天窓からぼーっと星空を見上げていたそのとき、そこで何かが動いたのです。天井は高く天窓はワイヤーで開閉しているため人間には届かない位置にあります。とっさに鳥かコウモリが入り込んだかとも思いましたが、もうそこにはなにかがいる気配はありません。と思ったらまた何かが動いた! 霊的なものをほとんど信じない僕ですがとたんに恐ろしくなってきました。そうすると逆に恐いものみたさかそこから目が離せなくなりました。そしてまたちらっと、一瞬でしたが今度ははっきり見えました。見覚えのあるあの形は確か……お尻。なんだお尻か、お尻なら恐くない。おしり……お尻!? そう、斜めに開いた天窓から女湯の洗い場が反射していたのです。

 僕は混乱しました。存在すら信じていなかった女湯がここにあった。驚きすぎて罠なんじゃないかとあたりを見回してしまったほどです。とりあえず混乱しているなりに状況を分析しました。どうやら水風呂の横で立ち上がった状態でいるときだけ、天窓からうまく反射して女湯の……あんまり女湯女湯書いてると「通報しますた」みたいなこと言われそうなんで女湯を「湯ーとぴあ」に言い換えますが、天窓から反射して……、天窓とか書いているとどこのスーパー銭湯かばれて模倣犯が出るかもしれないので、天窓を「ヘブンズドア」に言い換えますが、でそのヘブンズドアから反射して湯ーとぴあが覗け……覗くとか書くと僕が能動的に犯罪行為に及んだ様に思われて僕のプライドが傷つくので「辻希美」に言い換えますが、ヘブンズドアから反射して湯ーとぴあが辻希美したのです!

 それで水風呂の横で体を拭くふりをしながら天窓ピーピング行為に及んでいたわけですが、その天窓をときどき通り過ぎるぼやけた女性の体を見ながら大きな問題点があることに気がつきました。男性の生理現象です。風呂場にいる以上僕は一糸まとわぬ姿です。男湯で大きくしているなんてどれだけど変態野郎なんでしょうか。もはやミディアムレアと化した僕の僕自身に気付き、これは急いで気を散らさなければとあたりを見回すとおっさんの裸体にあふれていました。おっさんの尻をしばし眺めて気を落ち着かせまたピーピング。やばくなったらまたおっさん。まるでいつものサウナのようなローテーションを繰り返しているうち、明らかに尋常でない僕の立ち居振る舞いに気づいたのか、周りにだれもいなくなっていました。クールダウンできなければ僕の僕自身は暴走する一方。しかし今ならそこには誰もいない。僕はこんがり焼けた僕自身をタオルで隠しながらある試みをしたくなりました。反射して向こうが見えているということは、向こうからも反射してこちらが見えているということじゃないか……? もはや全開になっている僕自身を隠すタオルを少しずつ身から離し始めました。

「あぁ……!」

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インスタグラムの料理写真に苦しむ人々の魂が救済されるために

友人の @masudas のご飯写真があまりに“メシマズ”で震えた話 - NAVER まとめ
明らかに戦い方を間違えている。
携帯電話にカメラが付いているのが当たり前の時代。最近では高画質化が進み、一昔前のデジカメに比べてもよっぽどいい写真が撮れるようになった。
携帯電話の普及率が100%を超えた現代は、一億総カメラマン時代。特に人間が毎日かならず2度3度行う食事は、もっとも手軽な被写体である。となれば当然レベルも高くなる。最近ではデジタル一眼できれいに撮った料理写真を、わざわざ携帯に送ってインスタグラムからアップするような輩も現れる始末だ。そんな競争率の高い戦場で戦おうなんて、あまりに無謀な行為ではないか。
では、我々はそんな彼らの料理写真を、ただただ眺めているしかないのか。いや、そんなことはないはずだ。
ここに記すのは、彼らに対するレジスタンスとして僕が始めた、孤独な戦いの記録。彼らの料理写真に苦しむ人たちがひとりでも減るよう、何かのヒントになってくれれば嬉しい。


まず、僕が始めたのはこれだ。

アイスコーヒー。

http://instagram.com/p/J4xIm1pR9L/

夏が近づいてきたので、カルピスにメロンソーダを混ぜてみた。

http://instagram.com/p/LdWUhQJRwU/



ひたすらドリンクバーの写真をアップする。どんなにうまい料理を食べてもアップしないが、ファミレスでドリンクバーを汲みに行く度に写真をアップすることにした。

アイスコーヒーアリアリっていう表現は雀荘で習ったけど、最近は麻雀やらなくても使う人もいるね。

http://instagram.com/p/LIlarqpR5E/



時にはこういったポエムまがいの文章を添えるのもありだろう。
しかしこのドリンクバー写真、一つ問題がある。画的な変化に乏しすぎるため、単純に飽きるのだ。

アイスココア。もはやなぜドリンクバーを上げているのか目的を見失っている。

http://instagram.com/p/LdhylvJR2p/



この慟哭を最後にドリンクバー写真をアップするのをやめてしまった。そして次に僕が取り組んだのがこの写真だ。

ホッケ。

http://instagram.com/p/Nqan2PpRxw/

味噌田楽。

http://instagram.com/p/Nqc_tyJRyg/

ネギトロ丼。

http://instagram.com/p/NqdGbFpRyk/



料理名はあっても、そこにあるのは空の器。しかし、完食しているならきっとうまかったんだろうな、というのは感じさせることができるだろう。無論、思いつきで書いている。

ホタテと穴子の天ぷら。マジヤバイ。

http://instagram.com/p/OGvZipJRzq/



この付け足した「マジヤバイ」は、こんなことをやっている自分に対してのことも何%か含まれている。

こんだけ刺身が乗ってたら、もはやしらす丼じゃないよねwww

http://instagram.com/p/OGvhFfpRzt/



今読み返すと、「www」にうっすら狂気を感じる。

そしてこの手法もやむを得ない事情により(頭おかしいと思われるから)終了し、次の展開を模索し始める。そうして始めたのがこれだ。

チンジャオロース作った。うまそう。

http://instagram.com/p/WCcfGLJR68/



世界初の料理+躍動感。おいしさ以外のスパイス。これにはありがたいことにフォロワーも現れた。また、この手法は応用がきく。まずはこちらを見ていただこう。


http://instagram.com/p/WMwyZxJR3A/



従兄弟の葬儀の香典返しにもらったタオル。従兄弟を思い出して少し切なさを感じる。これが、

にゃー!

http://instagram.com/p/WMxvJYpR3z/



躍動感を与えることでこんなにファンシーに。また、他の手法との複合技も。

カレー作った。

http://instagram.com/p/WE56WppR7U/



ただし、この手法には難点がある。

撮影が難しすぎるため、携帯の画像フォルダが無茶苦茶なことになるのだ。それですぐにやめてしまった。そして最近試しているのがこれだ。

和風ハンバーグ作った。おいしそう(^○^)

http://instagram.com/p/XFWPrBpR5R/



主題をまちがえた写真。


この写真の頃から自炊を始めて気がついたのだが、がんばって料理をつくるとどうしても写真に撮ってみんなに自慢したくなる衝動にかられる。この手法は、そんな気持ちをぐっと堪え、まともに料理を写さない勇気が要求される。どうせ写したところでまずそうな写真しか撮れないんだから、そんな気持ちは三角コーナーにでも捨ててしまえばいい。


そしてこれもまた応用がきく手法だ。

菜の花とソーセージの炊き込みご飯。蒸らし時間を前回より伸ばしたらふっくらした。

http://instagram.com/p/YnIDSSpR18/



お気に入りの名言と一緒に。自己満足の料理の写真を上げるよりも、この方がよっぽど見ている人のためになるのではないか。相田みつおのポエムとかと一緒に上げるのもいいんじゃないかな。


というわけで、ここまで僕の戦いの記録を見ていただいた。最後にこの話のまとめに変えて、僕の気持ちを象徴するこの画像で締めくくりたい。ひとりでも多くの料理画像に苦しむ人々の魂が救われますように。

現代根付 永島信也展 -懐中神-


根津にあるGallery 花影抄に造形作家永島信也さんの展覧会を見に行きました。
永島さんについては以前記事を書いたことがあるんで、こちらをご参照ください。全文は読めないんですけど。
http://www.premiumcyzo.com/modules/member/2011/11/post_2899/

記事にも書きましたが、永島さんの作品の特徴の一つが、サブカルチャーから影響を受けたポップなキャラクター性。キャラクター性っていうのはもちろん古くからある根付の特徴でもあるんですが、そこをフィギュア的な現代の感覚と融合させているわけです。

もちろん海外からも評価の高い文化である根付ですから細部の表現も半端じゃないです。

寄ってみるとその生々しさが伝わってきます。

根付は飾って見るものではなく、あくまで実用品。なのでどの角度から見ても細かい彫刻がなされいます。

もちろん実用品なので、すべての作品を手にとって眺めることができます。

今回の展覧会で、個人的に一番美人だと感じた作品。
永島さんの作品のもう一つの特徴が、表と裏で全く違う表情になること。この作品も裏を見ると……

ライオンです。女の人こわい。
それと永島さんにはキュートな作品も多くて、今回出品はされていないんですが、原稿を書いたときはこんな作品もさせて頂きました。
http://www.hanakagesho.com/nezu-netsuke/netsukeartists/ngs/ngs_archive/ngs_archive2011/ngs11081705.html
これも表と裏の遊び心。表からみるとお饅頭で、裏から見るとヤマネになります。やばい、ちょうかわいい。
ひとつひとつ手作りなんで、そこそこお値段は張るんですが、根付の特徴として「あつらえ」というオーダーメイドで注文することができます。例えば猫が好きだったら、猫のこんなポーズをみたいな感じで。その裏にこっそり女の子を彫ってもらったりとか。永島さんとあーでもないこーでもないと、コミュニケーションしながら作品を作り上げていくのも魅力です。永島さんのユニークな感性と匠の技で、世界に一つだけの作品を作ってもらうことができます。

(そんなにお金のない人でも、こういう小型のだったらそこそこのお値段でやっていただけるかもですよ)

「永島信也展 -懐中神-」日曜日までなので、お時間のある方は谷中とか小石川後楽園あたりの散策がてら見学してみてはいかがでしょうか?

永島信也展 -懐中神-
2012.4.21 (土)〜4.29 (日)
13:00〜19:00(最終日〜18:00)
ギャラリー花影抄
〒113-0031 東京都文京区根津1-1-14 らーいん根津202
http://www.hanakagesho.com/gallery/netsuke_exh/netsuke_exhibition.html

別冊サイゾー×PLANETS文化時評アーカイブス2011-2012

2011年(と2012年もちょっと)の映画、アニメ、マンガ、ドラマ、小説他、あらゆるコンテンツを70年代以降生まれの新世代の執筆陣が批評した一冊です。バイイングガイドとしてとても充実してますし、サブカルチャーを横断することで今という時代を知ることができる有意義な一冊です。
基本的には月刊サイゾーで連載されていたものをまとめた本ですが、書き下ろしもたっぷりで、僕は2011年の映画総括座談会の構成をしております。それとサイゾー連載時に掲載された、ドラマ『それでも、生きてゆく』座談会の構成もやっています。
あらゆるジャンルで過去に生まれた名作っていくらでも見つけることができると思うんです。映画が生まれて120年、小説なんか源氏物語まで遡れば1000年経ってるわけですから。でも同時代性というのを味わえるのは”今”しかないんです。ビートルズがすげーいいって言ったって、当時熱狂していた人たちとはやっぱり感覚が違うし、都会の空でも故郷だろう。全てを懐かしくいつか思うだろう。僕たちはこの街がやっぱり好きで、現代を生きる我々が、現在を感じるために、とても役に立つ本だと思います。幼なじみのあの子が、急に眩しく見えたのは高校に入る頃だったりするでしょ? この一冊を読んで、その文化に触れて、その瞬間の感動を味わいましょう。というわけで表紙巻頭の剛力彩芽ちゃんもちょうかわいいからぜひご一読をー。

ビジスタニュース「今、そこにある『タブーの正体!』をどう読むか」

http://bisista.blogto.jp/archives/1555300.html
川端幹人さんの『タブーの正体』の書評です。とりあえずマスメディアに関わっている人は全員読むべき本だと思います。僕なんかの書評よりもまずこの本を買ってください!
それじゃあマスメディア関係者以外は読む必要がないのかというと、全くそんなことはないです。特に震災以降の大手メディアの有り様を見ていると、メディアの見方を考えるうえでとても有用な本だと思います。
ただ一点危惧しているのが、この本を読んでメディアの現状に絶望して何も信じない! つって陰謀論に走ってしまうこと。大手メディアを全部信用しなくなってなんとか隆を信用してちゃしようがないですからね。そうなったらこの本を読んだ甲斐がないですよ、っていう書評です。
ぜひぜひご一読をー。

スマートフォンに変えて一ヶ月

人間が学習するスピードは意欲に比例するらしく、デジタルガジェットに興味がなく、安いから仕方なくという理由でスマートフォンに変えた僕は、全く使い方が覚えられない。そもそも自分自身の脳みそが、この国の携帯電話に最適化されガラパゴス的に進化していたらしく、「説明書がなくても感覚的に使い方がわかるんだぜ?」というスマートな感覚についていけない。辞書みたいな説明書が恋しい。

とはいえ、道具に過ぎない携帯電話に、いつまでも振り回されているわけにもいかない。とにかく使って覚えようと手を付けたのが電話帳。何よりこれを優先的にやらないと仕事にも差し支える。恐らく10年以上手をつけてない電話帳を整理しようと開いてみたら、あいうえお順のあ行のところに、一昨年辞めた会社の上司の名前が表示されていた。

会社員時代、3人の上司の下で働いたんだけど、最後の上司だけはどうしても反りが合わなかった。僕は昔からわりかし年上の友達が多い後輩体質の人間で、会社員時代の初めの2人の上司とはうまくいっていたと思う。異動したあとも会社辞めたあとも、仕事くれたり目をかけてくれた。ただ3人目の上司とだけはうまくいかなかった。初めての女性上司で、自分がどう対応していいのかわからなかった部分もあったかもしれない。言い訳にしかならないけど、部下全員が嫌っていたのも事実だ。まあ上司というのは得てして嫌われるものだし、僕ももう少しうまくできなかったかなという反省もある。結果として会社を辞める決断をさせてくれたのは彼女の下で働いたからだし、今の仕事を楽しんでできているので良かったのかなと思っている。

それでスマホに表示された彼女の名前を見て、電話帳から削除することに決めた。この程度の関係性の人の削除で悩んでいたら、電話帳の断舎離なんかできない。AV女優のつぼみ似の片付けコンサルタントの人なら「その番号全然トキメかない!」って言うだろう。読んだことはないけど、つぼみのAVは見たことがあるからなんとなく想像はつく。それで迷わず元上司の名前をポチっと押したら、不思議なことに「ダイヤル中」って表示された。あれあれあれなんて電話を切ろうと思うんだけど、全部がタッチパネル操作の携帯が初めてだから、どのボタンを押せばいいのかわからない。熱くなる顔。滲む汗。高鳴る鼓動。ふと、サイドに電源ボタンがあったことを思い出す。長らくガラケー使ってない人でも憶えていると思うんですが、基本的に電源ボタンは「切る」のボタンでしたよね? 慌ててそのサイドのボタンを押すと、モニターが消えて一安心。しかし息つく暇もなく、電話機の上部からプ・プ・プって音が聞こえてきた。そのボタンはモニターのライトを消すだけで電話は切ってくれないのだ。やばいやばいやばいなんて思ってるうちに音はプルルルルに変わっており、完全に電話をかけてしまっている。あまりの事態に放心し、モニターに表示された電話を切る赤いボタンに気づいた時には「auお留守番サービスセンターに接続します」という声が聞こえていた。

どうせ向こうも僕の事を嫌っていたんだろうし、無視してくれればいいなあという願いも虚しく、折り返しの電話を頂いたのは一時間後のこと。先にかけてしまったのはこちらだし、馬鹿にされるかもしれないけど正直に言って謝ろうと覚悟して電話に出ることにした。
「も、もしもし……」
「もしもしー、あのーお電話頂いたようなんですけどー」
「……あ、あぁ、間違ってかけてしまっただけだと思いますが……」
「そうですかー」
今度はちゃんと赤いボタンを押して電話を切る。良かった。彼女は僕が誰だかをわかっていない。ほっと一息ついたところで頭に疑問が湧く。なんであいつ僕の携帯番号消してやがるんだ……? いや、そりゃあこっちだって番号を消そうとしてたけどさあ。なんで向こうが僕より先に番号消してるんだよ。なにこの屈辱感。いや、本当の屈辱感はそこじゃない。この一件以来恐くて電話帳の整理ができなくなり、一ヶ月経った今でも電話帳を開くたびに彼女の名前が目に飛び込んでくることなのだ。

人生がときめく片づけの魔法

人生がときめく片づけの魔法